美観地区最古の町家 「井上家住宅」で触れる倉敷の歴史

倉敷美観地区には、江戸時代後期に建てられたたくさんの町家が並んでいます。その美しいたたずまいに魅了される観光客も多いでしょう。また、近年は宿泊施設や店舗にリノベーションされた町家も増えています。

そんな倉敷美観地区のメインストリート、本町通りにある「井上家住宅」も町家の一つ。同地区に現存する町家では最古とされており、300年以上の歴史を持っています。10年にわたる修復工事を終えて、2023年から一般公開されました。今回は、そんな井上家住宅の見どころを、井上家第16代当主の井上典彦さんにお聞きしました。

井上家住宅の歴史

井上家は16世紀の終わり頃(安土桃山時代)に、早島町のあたりから現在の施設がある倉敷市鶴形山へ移住しました。その後、地主や酒造業、船頭の取りまとめなどの事業で繁栄。倉敷村草分けの頃からいた「古禄派」から「新禄派」へ主導権が移った中で、江戸後期まで村役人に選出された家です。

現在の建物は、6代目当主・井上安兵衛によって1721年に築かれたものです。安兵衛の代で酒屋を廃業したため、酒蔵を取り壊して大規模な建て替えが行われました。

その後、2002年には国指定重要文化財に指定されました。そして、2012年より国・岡山県・倉敷市の補助のもと、耐震補強を含めた保存修理工事が行われ、2023年3月19日に一般公開がスタート。2024年3月19日で公開から1周年を迎えました。

井上さん

施設の一般公開が始まってからこれまで、海外からのお客様も含めて、多くの方にご来館いただきました。

私の父は実際に井上家住宅で育ちました。私が幼い頃にはすでに離れていましたが、帰省をすると「奥の間」で父が蚊帳を吊って寝ていたことを思い出しますし、台所で食事をしたことも覚えています。

井上家住宅の見学順路

井上家住宅の間取りは、ビジネススペースと生活スペースに分かれています。

まずは、土間玄関からゲストの待合室「控えの間」を抜けて邸内へ。商談や取引を行う「店の間」やゲストが宿泊するための「客間」は、手の込んだ装飾が印象的です。天井は棹縁(さおぶち)天井や網代(あじろ)天井になっているほか、ふすまの引手に施された緻密な細工にも注目です。その他、茶室やゲスト用の浴室なども備えられています。

客間と居住空間を結ぶ太鼓橋を渡ると、当主とその家族が生活していたスペースに入ります。「居間」と「奥の間」は寝室や家族団らんの場。華やかな店の間や客の間とは異なり、淡い色合いの壁に囲まれている、落ち着いた雰囲気の空間であることが印象的です。

最後は台所へ。修復前は現代のキッチンに改装されていたため、発掘作業を経て本来あったかまどや土間の洗い場などが復元されました。かまどの焚口は居住空間に向いた珍しい造りです。これは、土間に下りる手間を省いて火を起こせることや、室内を保温できることが理由だといわれています。

施設のおすすめポイントを巡ってみた

見学する中で必見な見どころを、井上さんに教えていただきました。

店の間の蔀戸(しとみど)・摺揚戸(すりあげど)

どちらも店の間に設置された板戸で、一般には「舞帳(ぶちょう)造り」と呼ばれます。上下に分かれた板戸の上の戸をはね上げて開ける珍しい構造です。

この板戸を開けると現れる格子戸は、目隠しと採光を両立させた「倉敷格子」と呼ばれる設計が用いられたものです。格子から差し込む光により、床には美しい模様の影ができます。

 

井上さん

秋に開催される倉敷屏風(びょうぶ)祭の期間中だと、日中はこの戸が全開になっています。そのため、中に展示されている屏風をどなたでも外からご覧いただけます。

雪見灯籠のある坪庭

邸内にある坪庭の一つ。座敷から見える庭で、第10代当主・井上端木が鶴を飼っていた場所といわれています。床の間にはその愛鳥を描いたとされる掛け軸が飾られています。

 

井上さん

10代目は、和気郡和気町の大國家と交流があったと思われます。。旧大國家住宅のふすま絵には、大國家ご当主が描いた亀の絵と10代目が描いた鶴の絵がセットで描かれているんですよ。

台所に置かれた古備前の水瓶

発掘作業によって復元された台所には、備前焼の水瓶も再び姿を現しました。1583年(本能寺の変の翌年)の刻印がある作品で、倉敷市の重要文化財にも指定されています。

井上さん

水道が通っていなかった大正時代までは、ここに飲料水をためていました。約360Lの容量があります。

施設の随所に施されたデザインにも注目を

実際に見学してみると、見どころはまだまだたくさんあり、商家ならではのしつらえに驚きの連続でした。こだわりのデザインが施されたポイントを紹介します。

現代の建築にも通じる機能美

邸内には、日本の伝統的建築や様式美が点在しています。空間を生かすため、壁面収納や床下収納も活用されています。

邸内の至る所に祭神が

当主が居住した次の間と奥の間の間には、金気の精とされている「金神(こんじん)様」が祭られています。専用の部屋を設けて大切に祭っている様子に、繁盛を願う商家らしさが感じられます。

また、土間の一角には儀式用のかまどが設置され、火とかまどの神の「お土公(どくう)さま」が祭られています。神事を行うため、天井には煙出し(換気口)も設置されています。お土公さまは「土公神」とも呼ばれ、陰陽道では土の神と考えられています。

ちなみに井上さんの祖父は、阿智神社の宮司をしていたそうで、居間には立派な神棚がありました。

壁土から300年の歴史を感じる

修復工事中に水屋から土壁が採取されました。現在展示されているのはそのサンプルで、300年の歴史が可視化されています。実物を見ると、8回塗り替えられているのがはっきりと分かりますよ。

仏間からの「映えスポット」

仏間には太鼓橋と庭を見渡せる「映えスポット」があり、「間」や「余白」といった日本建築の美学を感じられます。

テレビドラマのロケ地にも

2023年に放送されたNHKテレビドラマ「犬神家の一族」のロケ地にも選ばれており、劇中の廃屋シーンや回想シーンなどに井上家住宅が登場します。土間の一角に設けられたギャラリーには、出演者のサインや撮影スナップが展示されています。

ギャラリーの模型で見学のおさらい

見学後は、柱や構造のミニチュアを展示したギャラリーで館内のおさらいすることが可能です。大黒柱の1/2サイズ模型はスタッフに声を掛ければ、解体して内部を見ることもできます。

 

オリジナルグッズをお土産に

お土産コーナーでは当主の似顔絵、家紋、屋号「宮崎屋」をデザインした缶バッジやTシャツが販売されています。

・第16代当主似顔絵缶バッジ 350円

・家紋「かたばみ」缶バッジ ホワイト300円 ブラック250円

・Tシャツ 2,500円

 

まとめ

日本の様式美を重んじつつも、合理性を両立させている点が見られ、商家らしさを感じる邸宅「井上家住宅」。歴史好きな方はもちろん、建築やインテリアが好きな方にもおすすめです。これから家を建てたいと思う方からすれば、家づくりのヒントが見つかるかもしれません。倉敷最古の町家を訪れてみませんか。

<井上さんから>

絵や和歌をたしなんだ歴代当主が過ごした美観地区最古の町家で、都会の喧騒から離れた癒しの時間をご堪能ください。

井上家住宅

ウェブサイトhttps://www.inoueke.jp/

住所:倉敷市本町1-36 

TEL:086-422-0714

休館日:月曜・年末年始 

営業時間:10:00 ~ 17:00( 最終受付 16:30 ) 

入館料:大人一般500円(400円)、小中学生300円(200円)、未就学児無料

※()は団体20名以上の金額

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