白壁の町に屏風が花開く。倉敷屏風祭2026が開幕、初日・美観地区 本町・東町を巡る

秋晴れの空の下、2026年の「倉敷屏風祭」が10月17日(土)に開幕を迎えました。17日(土)、18日(日)の2日間、倉敷美観地区や本町・東町の町家や商店が格子戸を開け放ち、先祖伝来の家宝や趣向を凝らした屏風で通りを彩っています。

通りには太鼓の音が響き、うちわを手にした「素隠居(すいんきょ)」が笑顔で行き交う人々の頭をぽんと叩いて福を授ける、倉敷ならではの温かな風景が広がっています。

今回は開幕初日の町を歩き、美観地区の入口から東町の奥まで、見どころあふれる会場を巡りました。

倉敷物語館:桂月が描いた祈りの山水──松林桂月『幽山孤村図』

美観地区の西の玄関口に位置する「倉敷市倉敷物語館」へ。落ち着いた和室の広間、赤毛氈の上に堂々と据えられていたのは、近代日本南画の大家・松林桂月(まつばやし・けいげつ)による大作『幽山孤村図』です。

この作品の背景にあるのは、盛唐の詩人・王維が描いたと伝わる名勝「輞川(もうせん)」の世界。かつて王維の描いた輞川図を見た病人が快癒したという故事に思いを寄せ、若き日に結核を患い病弱だった桂月が、中国への憧れと快復への祈りを託して筆を執ったと伝えられています。

屏風という平面でない画面の制約を巧みに乗り越え、折り重なる山並みと霞む水辺が一つの壮大な風景として堅実にまとめ上げられており、南画の骨格の強さと繊細な墨彩の調和に思わず引き込まれます。

語らい座 大原本邸:大原孫三郎ゆかりの画人が描く、躍動する生命──稲田麦楓『群鶏』

続いて訪れたのは、倉敷川に面する国指定重要文化財「語らい座 大原本邸」。通りに面した格子戸が大きく開け放たれ、敷かれた鮮やかな赤毛氈の上に六曲一隻の大画面が堂々と広がっていました。展示されているのは、日本画家・稲田麦楓(いなだ・ばくふう)による『群鶏』(1939年・昭和14年頃)です。

六曲の画面いっぱいに描かれているのは、色とりどりの羽を広げ、地面をついばみ、闊歩する鶏たちの賑やかな姿。絵具のざらざらとした素朴な質感と勢いのある筆致が、鶏たちの生き生きとした体温や生命の息づかいをリアルに伝えてきます。大原家が育んできた芸術支援の歴史と、町家の開放的な構えが見事に重なり合う、屏風祭ならではの展示です。

阿智神社 能舞台:古い屏風の再生と「いちご」の共鳴──倉敷芸術科学大学 日本画研究室『屏風のいちご』

続いて、阿智神社の石段を上がり、境内にある能舞台へ。

能舞台の板張りの上、敷かれた赤毛氈の中央に凛と据えられていたのは、六曲一隻の屏風『屏風のいちご』(2026年制作)です。手がけたのは、倉敷芸術科学大学 芸術学部日本画研究室の4名(笠原幸芽さん、平塚壮さん、藤原桜さん、角田沙雪さん)。

この作品は、地元のいちご農家からの依頼を受け、使われなくなっていた古い屏風を修繕・再生させた特別な屏風です。傷んだ本紙や劣化部分を丁寧に取り除き、木枠の土台を整える修繕から制作が始まりました。

4人がそれぞれ思い描く「いちご」をテーマに、掛け軸などの表装から着想を得て3種類の和紙に本紙を制作。別々に描かれた6枚の画面を、全体の構図や配置を綿密に計算しながら、学生たちの手で表装し、一隻の屏風へと仕立て上げられています。

 

墨や銀泥のような深みのある静謐なトーンの中に、鮮やかに浮かび上がる「いちごの赤」。神域の清らかな風が吹き抜ける能舞台の空間に、若い感性と伝統技法が結実した瑞々しい現代の美が息づいていました。

ジャズ喫茶アヴェニュウ:龍と鶏が寄り添い、光を守る物語──平塚壮(倉敷芸術科学大学)

本町の通りを進み、同じく倉敷芸術科学大学の展示会場である「ジャズ喫茶アヴェニュウ」へ。店内でひときわ目を引く屏風を手がけたのは、同大学の平塚壮(ひらつか・そう)さんです。

赤い毛氈が敷かれた台の上には、二曲一隻の屏風が二双並んで展示されていました。モチーフとなっているのは、伝統的な「龍と虎」ではなく「龍」と「鶏」。

「ひよこ、つまり若い人の象徴が成長した鶏と、古くからある永遠の象徴としての龍を描いています」と平塚さん。向かって左に置かれた昨年の作品は、深い黒と緊迫感のある雲を背景に、両者が激しく衝突する「二つ巴」の対立を描いたもの。それに対し、右側に置かれた今年の新作は、明るい青と爽やかな白を基調とした世界へと一変しています。

普段は日本画を専攻し、30cm角の平面作品からF50号の大作まで幅広く手がけている平塚さん。日本画特有の伝統的な淡い色調への関心も持ちつつ、本作では現代的で鮮やかな色彩感覚を巧みに融合させています。

そんな平塚さんが強く魅了されているのが、「屏風」というフォーマットそのものが持つ性質です。

「屏風は、彫刻のように360度から鑑賞する完全な立体でもなければ、壁に掛けて終わる純粋な平面でもありません。床に自立して空間に置かれることで、折れ目に影が落ち、角度によって表情を変え、時には裏面の気配すら感じさせる。絵の迫力を引き出す『空間装置』として機能しているところが本当に面白いんです。この作品も、平面のキャンバスに描くだけでは、ここまで動き出しそうな気迫や立体感は生まれなかったと思います」

骨組みから和紙貼り、絵付け、縁打ちまでを自らの手で仕立てる倉敷芸科大の取り組みを通じて、「大学と屏風祭りのこの連携がなければ、屏風という形式の奥深さをここまで知ることはありませんでした」と語る平塚さん。美観地区内のギャラリーでの展示や、街中に彫刻や工芸が息づく倉敷の空気が、自身の表現に豊かな刺激を与えていると振り返ってくれました。

東町・はしまや:金と銀、二双の鯉が歴史的空間と呼応する──森山知己の屏風が描く光と立体

美観地区からさらに東へ足を延ばし、呉服商の風情を今に伝える国登録有形文化財「はしまや(楠戸家住宅)」へ。玄関から足を踏み入れると、通りから奥へと抜ける開放的な座敷の空間に、日本画家・森山知己さんによる二双の屏風が据えられていました。

右手に堂々と立ち上がるのは、絢爛な金箔を背景に鮮やかな緋鯉が群れ泳ぐ『緋鯉図屏風』(2018年制作・二曲一隻)。そして左には、銀箔の静謐な輝きの中にモノトーンの鯉が力強く描かれた新作『鯉魚図』(2026年制作・二曲一隻)が低めの背丈で並び配されています。金と銀、直立する高さと横に広がる低さの対比、そして窓から差し込む秋の自然光と庭の気配を巧みに取り込んだ空間構成に、思わず息を呑みます。

「この玄関の抜け感と、奥に広がる歴史ある空間。中途半端な現代風を差し挟むよりも、ここは真正面からスタンダードを据えた方が引き立つと考えました」と森山さんは語ります。金と銀の輝きの中で躍動する鯉たちは、確かな量感と生命感を漂わせています。

 

さらに森山さんは、屏風という形式が持つ文化的な意味についても触れました。

「何もないゼロの地点から個性を立ち上げる西洋的なアプローチとは異なり、日本の文化は工芸や屏風といった『型(フォーマット)』や手法を共有することで、歴史や他者とつながってきました。生活や実業の場と直結して使われてきた道具だからこそ、町家の空間に置かれたときに本来の力を発揮すると思うのです。」

東町・撚る屋:町家の格子に響く、青のグラデーション──原田よもぎ『潮騒』

はしまやを後にし、さらに東町の奥へと進むと見えてくるのが、町家を再生した「撚る屋(よるや)」です。格子戸が引き開けられた間口いっぱいに据えられていたのは、倉敷芸術科学大学芸術学部助教・原田よもぎさんによる二曲一双の大作『潮騒』(2024年制作)。森山教授の教えを受け継ぎ、現在学生たちの直接指導にあたる原田助教自身の作品です。

深い漆黒から立ち上がるように、鮮烈な青や白の波飛沫が幾重にも重なり合い、うねりながら広がるダイナミックな画面。歴史を刻んだ木造格子の陰影越しに望むその青は、秋の柔らかな光の中でひときわみずみずしく、通りを行き交う鑑賞者の目を奪っていました。

スマホで手軽に鑑賞を深める「音声ガイド」も活躍

各展示スポットの入口や作品のそばには、作品番号とQRコードが記載された案内スタンドが設置されています。

昨年好評だったスマートフォン音声ガイド「ミューズナビ」が今年も導入されており、訪れた人々は手持ちのスマートフォンをかざして解説に耳を傾けていました。倉敷物語館(3番)、阿智神社の能舞台(12番)、はしまや(20番)など、各所でQRコードを読み取るだけで、展示されている屏風の背景や見どころをその場で聴くことができます。

日本語と英語の二か国語に対応しており、特別なアプリの事前インストールも不要。自分のペースで解説を聴きながら鑑賞できるため、白壁の町全体がひとつの屋外美術館になったような感覚を味わえます。現地を歩く際は、スマートフォンとイヤホンを片手に巡るのがおすすめです。

作品の近くにはQRコードが展示してあるので、スマートホンで読み取ってみましょう

初日の見どころと明日の巡行に向けて

17日は夕方から、阿智神社境内にて三女神の舞や浦安の舞、子供備中神楽、倉敷天領太鼓の奉納演奏などが行われ、夜に向けて祭りの熱気は最高潮を迎えます。

また、18日(日)は朝8時に阿智神社を出立する約100名の「御神幸行列(時代行列)」が町を巡行。15時25分頃には美観地区の倉敷川を川舟で進む雅やかな「三女神舟巡幸」も予定されています。

格子戸の奥に広がる美の世界と、通りを包む祝祭の空気。歩くたびに倉敷の歴史と多様な表現に出会える特別な週末は、明日17時まで続きます。

 開催日:2026年10月17日(土)・18日(日)

時間:10:00〜17:00

会場:倉敷市本町・東町地区、美観地区周辺

観覧料:無料(一部施設は入館料が必要)

※各家のご厚意による展示です。「展示品に触れない」「玄関先以外に立ち入らない」など、マナーを守ってご鑑賞ください。

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